D2Cの収益性が改善しない構造的な理由とは?
大手小売で新規事業開発や構造改革プロジェクトなど経営回りの泥臭い仕事をやってます。実体験から学んだことを発信したいと思います。1つでも世の中の為になったら幸いです。
前回は、D2Cビジネスが拡大している背景についての考察を行いました。
この回では、その続編としてD2Cのビジネスモデルについて深堀っていきたいと思います。
↓前回の記事はこちら↓
[上巻] なぜD2Cは失敗するのか?|ブランドビジネスの落とし穴
この記事の結論
- D2Cの収益の源泉はサプライチェーンの内製化にある
- それぞれの機能を事業に最適化することで効率化される
- 生産以外の機能まで管理するのは難易度が高い
- 中途半端な自社運営では収益性は上がらない
それでは、D2Cのビジネスモデルを見ていきたいと思います。
D2Cは本当に高収益モデルなのか?
この論点で考える際には前提を整理する必要があります。
前提条件は、マーケットプレイスを含む全ての小売業者を通すことなく直販しているブランドもしくはメーカーをD2Cブランドとする。
というのも、例えばですが、アディダスや資生堂などの大手ブランドも直販体制を取っているイメージがあると思います。
ただし、これらの会社は自社のEコマースだけでなく、小売業者を通す販売もしています。
このように複数の販売チャネルを持っている時は、そのチャネルのD2C部分のみを正しく評価することが難しくなってしまいます。
店舗があるからこそD2Cチャネルへの流入が発生しているわけで、純粋にD2Cチャネルの収益性を測ることが難しくなってしまいます。
ですから、D2Cの収益性を議論する場合は、全ての販売活動を直販にしたと仮定する必要があります。
それでは、話を元に戻します。
D2Cはなぜ高収益と言われているのか?
まずは結論です。
- 小売業者へ支払う中間マージンが発生しない
- 顧客ニーズを直接取得することで需給予測の精度が上がり生産効率が向上する
- 流通工数が短縮され物流コストが削減される
①から説明します。
小売業者へ支払う中間マージンが発生しない
小売業者へ商品を卸して販売する場合は、販売定価ではなく卸売価格で小売業者へ販売するため1商品あたりの売上高は減ってしまいます。
あるいは小売業者とレベニューシェアで売上の差益分を折半するだとか、あるいはテナント出店であれば賃料が発生したりもします。
これが自社で直販すれば、消費者へ定価販売が可能となるので、小売業者へ支払う予定だった分が丸々自社の売上に反映されます。
相手が人気の小売業者であればあるほど、こちら側の交渉力は弱まるので、高い中間マージンが設定されてしまいます。
ZOZOや百貨店などでは、売上の35-45%くらいをレベニューシェアとして引かれてしまうわけなので、直販によって手元に残る利益は非常に大きいのです。
イメージがしやすいように、時計を例に挙げてみます。
例 )ブランドXの腕時計(原価3万円、小売価格10万円)
小売業者への卸しの場合
小売価格10万円×(1ーレベニューシェア40%)ー原価3万円
= 手残り利益3万円
直販の場合
小売価格10万円ー原価3万円= 手残り利益7万円
このように直販だと小売業者を介す場合に比べて、4万円もの利益が増えることになります。
もちろん直販には直販なりのコストが発生しますので、それは後ほど説明します。
これがD2Cが高収益だと言われている理由の1つです。
つづいて、理由その②を説明します。
顧客ニーズを直接取得すれば需給予測の精度が上がり生産効率が向上する
一般的に小売業者を挟むと、売上データは小売業者のPOSシステムに入ってしまいます。
直販であれば会員登録情報や売上データ、更にEコマースであれば流入動線や検索キーワード分析などの行動データを自社で保有することが可能です。
どんな趣味趣向を持った消費者が自社のロイヤルカスタマーなのか、あるいは誰が見込み客なのか、そして、そのユーザがいつどのくらい購入する確率が高いのか?を分析することが可能になります。
もちろん小売業者もブランドやメーカーから売れ筋を仕入れたいので、そうしたマーケティングデータは積極的に共有してくれることもあります。
そうして二人三脚で売上を最大化しようとはしてくれるものの、そのデータはブランド側の資産とはなりえません。
つまり、データ活用の自由度が利かない点においても、直販によってデータが内製化される意義は大きいのです。
データ活用によって需給予測が上がることで生産効率が向上する理由をリスト化しました。
- 販売数量が予測できるため売れ残りリスクを最小化できる
- リアルタイムに需要トレンドが掴めるためオンタイムで商品を供給できる
- リターゲティングによって購入決定率を上げて商品消化率を最大化できる
- 詳細なターゲティングによって売れる確率の高い商品が生産できる
- 売れ筋の追加生産を即時に発注できるので売上が最大化できる
需給予測ができなかったり、タイムラグがあることで、生産数量に誤差が出てきますので、機会損失や在庫リスクが高まってしまい利益が伸びません。
また、売れ筋の要素が見えなければ、わざわざお金をかけて外部委託で顧客リサーチやアンケートインタビューを行わざるを得ません。
このようにデータの内製化によって需給予測が精緻に取れれば、生産効率は上がるのです。
これがD2Cが高収益だと言われている理由の2つ目です。
つづいて、理由その③を説明します。
流通工数が短縮され物流コストが削減される
小売業者を通す場合、小売業者の倉庫あるいは店舗への輸送費および保管費が掛かります。
しかし、直販であれば自社倉庫から直接お客さまにお届けが可能になります。
ただし、自社店舗を構えての直販の場合は、小売業者と同じようにお店への輸送費や保管費がかかってくるので、ここではEコマースに限定した話と考えて下さい。
低単価タイプの商品や高原価・低差益タイプの商品であれば、この物流コストの高騰によって赤字転落の可能性が大いにあります。
さらに、卸しは片道切符ではありません。
売れ残りの回収、つまり小売業者から返品される時の物流コストも考慮する必要があります。
つまり往復で物流コストがかかる可能性があるわけです。
今後も人手不足によってヤマト運輸やゆうパックの配送料が値上がりを続けることが予想されるため、物流コストは利益率確保にとってはかなりの危険因子となります。
いかに流通にかかる工数を削減できるか、という視点でD2Cは追い風となるでしょう。
これがD2Cが高収益だと言われている理由の3つ目です。
D2Cは本当に高収益モデルなのか?
このように生産から販売を一気通貫で内製化することによって、顧客ニーズを的確に生産へ反映しながら、売上収益性を高めていくことができそうです。
成功しているD2Cブランドの財務諸表を拝見すると、やはり粗利率(売上総利益率)は高い傾向にあります。
中には売上総利益率(粗利率)が50-80%という高水準の企業も実際に存在します。
ここまでは、D2Cが高収益ビジネスと言われる所以について説明してきました。
ビジネスモデル視点で見れば、D2Cはかなりの収益性を狙えることが分かりました。
しかし、この記事のタイトルにもあるように私はあまり楽観視はしていません。
もちろん、直接ユーザと繋がるというコンセプトは、SNS時代の消費行動に即しているのでD2Cが魅力的なビジネスモデルであることは確かです。
甘い蜜だからこそ、実はD2Cは非常に難易度が高いビジネスなのではないかと言いたいわけです。
ここからは、D2Cが高収益モデルにも関わらず、多くの企業がスケールできず、利益も出ず、の状態に留まってしまっている理由について自らの経験から持論を語りたいと思います。
高収益に立ちはだかる3つの壁
D2Cが高収益のワケとは、直販によって得られる高い粗利と物流効率、そして直接の顧客接点による商品開発精度の向上、だと説明しました。
つまり、言い換えると、もともと小売業者が担っていた機能を内製化することで構築されるバリューチェーンが高収益の理由ということになります。
ということは、ブランドやメーカーの主業務である「生産機能」に加えて、小売業者の役割までも競争優位性が得られる水準にまで自社で高めていかないといけないということです。
これが非常に難しいということなんです。
ひとつずつ説明していきますが、まずは結論です。
- 立ちはだかる壁その1:販売
- 立ちはだかる壁その2:マーケティング
- 立ちはだかる壁その3:データ管理
それぞれを自社で実行するには多くの時間と資金とノウハウが必要で、なかなか超えられない壁となってきます。
その1から説明します。
立ちはだかる壁その1:販売
小売業者では当たり前に備わっている機能「販売する環境」を整える必要があります。
ブランドやメーカーがその機能を自社で構築しようとすれば、まずはリテールに強い人材を確保して、WEBであればサイト設計、店舗であれば土地やテナント契約から販売員の雇用と教育が不可欠です。
さらに在庫システムの開発、そして商品登録などの付帯業務までオペレーションを組み上げる必要があります。
客の居ない更地を開拓して、魅力的でかつ持続可能な状態にまで仕上げていくことがいかに難しいかは想像にたやすいのではないでしょうか。
にもかかわらず、多くのブランドやメーカーは自社の社員をセールス担当として起用したり、役員はというと相変わらずメーカー業の経験しかない生え抜き社員だけで構成されていたりします。
その状態では、長年小売業を営んできた競合に勝るだけの機能を作れるとは到底思えないのですが、私が知る限りこのようなブランドが非常に多いのも事実です。
消費者は『より選びやすく買いやすい環境』を求めていますし、これだけ色んなマーケットプレイスがあれば、買いやすいかどうかもすぐに比較されてしまいます。
そうした視点からも販売環境を内製で作り上げることがいかに難しいかがお分かりいただけれるかと思います。
より具体的にブランドやメーカーがつまづくポイントをリストアップしました。
これは私が小売の店舗マネジメント、そしてプライベートブランドの商品開発、さらにはベンチャー投資での企業調査を実際に経験したからこそ見えてきたポイントです。
- 販売員への教育が不安定で接客の質が安定しない(店)
- 商品の配置が不規則で視覚効果が得られていない(店)
- 顧客情報管理が未熟でデータを有効活用できていない
- 流入導線が煩雑で見たい商品にたどり着けない(EC)
- レコメンドの精度が低く提供される情報にノイズが多い
- 商品管理状態が悪く不良品や個体差が多い
- 出店計画が不完全でアクセスの悪い立地に出店している
- 商品映えのしないテナントの間取りや空間デザインになっている
- UI/UXが悪く回遊しづらく、再訪問したいと思えない(EC)
言われると当たり前のこと過ぎるポイントばかりだと思います。
しかし、D2Cビジネスでこれが適切に実行できているブランドは非常に少ないのです。
皆さんも、このポイントを意識してD2Cブランドをリサーチしてみてください。
売上が好調なブランドと不調なブランドが分かってくるかと思います。
立ちはだかる壁その2:マーケティング
新しく作ったお店やサイトですから、認知もされてなければ、流入もありません。
自社の見込み客には広告を打つ必要があります。
消費者というのは初回利用に対しては非常に労力を要することから、使いづらければすぐに挫折してしまいます。
ですから、認知から購買までのカスタマーサクセスマップ=流入・購買動線を丁寧に設計する必要があります。
そのため新規顧客の獲得に要するマーケティング費(CPAと言ったりしますが、その詳細はここでは割愛)は高くなりがちです。
小売業者を活用するメリットはまさにこのマーケティング費用の領域です。
中間マージンはただの販売手数料だと考えていると内製化した時にマーケティング費用の高止まりに泣かされることとなります。
小売業者はすでに十分なトラフィックと顧客名簿を保有しています。
出店当日からすぐに集客が可能な上に、小売業者の顧客名簿を活用して安価にDMを出すことも可能です。
例えば、イオンモールや百貨店、駅ビル商業施設などはトラフィックの多いエリアを抑えており、その上で館の知名度もあるわけです。
その莫大なアセットと比較すると自社で販売までを完結しようとする労力は想像できるかと思います。
ここでも私の実体験からマーケティング活動を内製化した際に躓くポイントを列挙したいと思います。
私が担当したベンチャー投資では実際に数々のD2Cビジネスに触れて、そのうちのいくつかは実際に投資検討のために企業調査まで行ったことから見えてきたポイントです。
- 認知度向上のためのキャンペーンなどに宣伝コストが嵩む
- ユーザのブランド信用度を高めるまでかなりの時間を要する
- 販売チャネルが自社完結で孤立しているため、流入ハードルが下がりにくい
- 客数がなかなか伸びずに顧客獲得コストが高止まりする
- カスタマージャーニーの機能がバラバラで離脱率が高止まりする
- リターゲティングが雑でリピート転換率が上がらない
客数を増やしながら、同時に顧客の定着率をバランスよくコントロールすることは非常に難しいことです。
大抵はアーリーアダプター顧客だけが使いつづけて、それ以降は客数が伸び悩むようなブランドを多く見てきました。
『見つけづらい』『選びづらい』『買いづらい』『再訪問する理由がない』
そんな印象のブランドはかなり多いと思います。
立ちはだかる壁その3:データ管理
会員登録をしてもらって顧客情報を管理することで始めて分析が可能となります。
顧客情報は非常に取り扱いが繊細ですので、情報漏えいのリスクマネジメントをしながら、分析/活用可能なシステムとオペレーションを構築することが必須となります。
想像が付くかと思いますが、管理と運用には相当なランニングコストが発生します。
最近はSaaSが充実しているため、システム構築はやり易くなってきてはいますが、購買データと顧客データを紐づけて管理する必要がありますから、かなり精緻な設計を要します。
SaaSとは、必要な機能だけを必要な分だけ利用できる外部アプリケーションを利用するサービスです。すでに出来上がっているシステムを利用することができるため、自社で1からシステムを作るより導入ハードルが下がります。
以上、このように小売業者が担う機能を完璧に内製化してはじめて最適なバリューチェーンが構築され、商売のサイクルがきれいに回り始めます。
そうしてやっと高収益が実現されるというわけです。
D2Cの失敗事例
よりイメージしてもらえるようにいくつか失敗事例を挙げたいと思います。
①消費者の来店ハードルが高く、リピートされず、固定客がつかない
マーケットプレイスからは独立してサイトやお店を構えるわけですから、消費者からしたら、ひとつ場所にまとまっていて買い回りできるお店に比べて、D2Cの店やサイトは利便性は低くなります。
要するに、そのブランドや商品のためだけに来店しないといけないということです。
例えばですが、「ルミネにいけば色々揃ってるから化粧品買うついでに洋服も見てみよう」ではなく、「ディズニーに行きたいから遠くても行こう」という強い気持ちを持ってもらう必要があるということです。
この利便性の壁をなかなか超えられずに流入数が思うように伸びない事業をよく見かけます。
②ユーザー獲得コストが下がらず、対売上広告費比率が高止まりし、赤字から抜け出せない
例えば、既存顧客を持つ小売業者の広告媒体に委託費を支払って掲載すれば、すぐに多くの顧客へ比較的安価にDMを出すことができます。
一方で、サイトやお店自体の認知度が低く、個店という消費者にとっては流入ハードルが高い場合は、わざわざ来てもらうための仕掛けが必要となります。
更に見込み客を見つけて、リタゲして、、なんてやっているとかなりの時間を要するため、いつまでたっても顧客を一人獲得するのにかかる費用が高額のまま、ということが起こります。
③分析に使えない情報ばかり収集して管理コストばかりが増え、データ活用に行き着かない
「消費者行動をよく理解し、取得データから打ち手を考えていく」というのも非常に難しい作業になります。
よくあるのが、何も考えずに、お客さまに電話番号、住所、年齢、趣味、などを登録してもらっているケースです。
なぜその情報をいただく必要があるのか?データの活用目的を明確にしないままでは、ただ管理コストが上がる一方です。
更には電話番号や住所は、絶対に情報漏えいしてはいけない個人情報に当たりますから、何となくデータ取っておこうの感覚では、経営リスクが上がるだけです。
以上、このように、本来は生産から販売に至るサプライチェーンにおいては、役割・機能が分割されて、各レイヤーのプレーヤー同士が自身の領域の専門性を高めて付加価値を作り上げているところを、すべて内製化するわけですから、D2Cというのはプロ集団の集まりということになります。
だからこそ、この機能すべてが自社内でプロ仕様に磨かれたとすれば、複数プレーヤーでやり取りするよりも、意思決定も情報伝達もオペレーションも効率化されて、高収益モデルが実現するというわけなのです。
まとめ
最後にこのシリーズの中巻の要点をまとめます。
- D2Cは高収益ビジネスモデルである
- 生産から小売までの一連の機能を内製化するハードルは高い
- 販売、マーケティング、システムの各所で抜け漏れが生じている
- このバリューチェーンを構築しない限り収益性は上がらない
つまり、D2Cというのは、商売のプロ集団のようなものだと考えています。
そして、D2Cビジネスの多くは、その各機能を優位性が得られる領域まで競争力を高められずに小売業者への出店を開放したり、廃業したりしていくわけです。
とはいっても、現在はやはりSNSに代表される個の時代ですから、消費者主導の時流に乗って、対象顧客だけにターゲットを絞り、より濃い関係性を築くことができるD2Cが持つ性質は非常に魅力的だと感じています。
下巻では、私が実際に多くのスタートアップビジネスの投資分析や、小売業の構造改革を担当する中で実践してきた成功のポイントをまとめています。
↓続きの記事はこちら↓
[下巻] なぜD2Cは失敗するのか?|ブランドビジネスの落とし穴
[…] [中巻] なぜⅮ2Cは失敗するのか?|ブランドビジネスの落とし穴 […]